SF界の巨匠アン・レッキーが翻訳で帰ってくる

SF界の巨匠アン・レッキーが翻訳で帰ってくる

「行方不明の翻訳者の謎が、3人の人生を衝突へと導き、星々に波紋を広げます。受賞歴のある作家アン・レッキーによる力強い新作小説です」と『Translation State』の公式リリースには記されています。「宇宙冒険とミステリーを巧みに融合させ、人間関係と帰属意識を深く探求した『Translation State』は、レッキーの名作『インペリアル・ラドチ』の世界を舞台にした、輝かしい独立型ストーリーです。」io9が本日、表紙と第一章を公開しました。

まず、この物語についてもう少し詳しく説明します。

クヴェンはプレスガーの通訳として創造された。彼らのクレードの誇りである彼らには、常に明確な道筋があった。人間の生き方を学び、最終的には危険な異星人プレスガーと人間の世界との仲介役を務めること。彼らが何か他のものを望んでいるかもしれないと気づくのは「最適な行動」ではない。それは排除につながる行動なのだ。

しかしクヴェンは反抗する。そして、その過程で、彼らの道は二人の道と交差する。亡き祖母から受け継いだ不可能な遺産――200年以上行方不明の逃亡者を捜す――を、乗り気ではない外交官エナエは引き受けている。そして、養子縁組された整備士のリートは、自身の遺伝的ルーツ、あるいは周囲の人々とこれほどまでに異なる行動をとる理由を解明しようと、ますます必死になっている。

さまざまな種族の会議が近づき、人間とプレスガーの間の長年の条約が危機に瀕する中、3 つの種族の決定は星々に波及効果をもたらすでしょう。

表紙(ローレン・パネピントによるデザイン)は以下にあります。その後に第 1 章の独占公開が続きます。

画像: ハシェットブックス
画像: ハシェットブックス

エナエ

アストゥールハウス、セーニス政治

葬列の最後の落伍者たちが幽霊の扉を抜けた途端、石工ロボットたちが長い脚を広げ、前日に苦労して壁から取り除いた石の山に手を伸ばした。エナエは扉が封印されるのを振り返ってはいなかったが、イラドおばさんの悲嘆の呻き声が泣き声に変わるほんの一瞬の音が聞こえた。いとこたちが一人か二人、ためらいがちにすすり泣いた。

エナエはおばあちゃんが亡くなった時、泣かなかった。シーも、おばあちゃんが逝く時を選んだと告げた時、泣かなかった。シーは今、泣いていなかった。それは必ずしも問題ではなかった。誰もが棺の後を火葬場までついていく時の表情を知っていたし、近親者がどんな声を出すかも知っていたし、エナエも泣き叫ぶことができた。そして何より、叔父や叔母、従兄弟たちの中で、何十年もおばあちゃんと一緒に暮らし、老後の面倒を見てきたのはシーだった。ここ10年以上、シーは家の中のことを仕切り、人間とロボットの使用人たちのそれぞれ異なるニーズに対応してきた。シーは今でも家の決まり事やロボットの優先権をすべて握っており、使用人たちもシーに指示を仰いでいた。少なくともおばあちゃんの遺言が開封されるまでは。静かな早朝の時間に、おばあちゃんのすぐ後ろで行列の先頭を歩き、町中に響き渡るように泣き叫ぶ権利は彼女にはあった。ところが彼女は、黙って涙を拭わずに後ろを歩いていた。

おばあちゃんはとても高齢で、気むずかしかった。しかもとても裕福で、このシステムの中でも最も古い家系の一つに生まれた。そのため、火葬場への行列は予想以上に長引いた。玄関ホールの幽霊門のそばでは押し合いが起こり、イラドおばさんは30分も早く現れて先頭に立った。いとこたちがおばあちゃんを押し出そうとし、皆がエナエの反応を伺おうと見張っていた。

彼らのうち、何十年もこの家に住んでいたのは誰一人いなかった。祖母は彼ら、あるいは彼らの両親を家から追い出したのだ。毎年、祖母は誕生日のディナーを催し、豪華な食事に皆を招き入れる。祖母は面と向かって彼らを侮辱するが、彼らは歯を食いしばって笑っている。そして再び家から立ち去るように命じ、翌年まで待つように言った。その間に祖母との関係を断ち切り、相続の望みを捨てて家を出て行く者もいたが、ほとんどの者は毎年戻ってきていた。祖母と一緒に実際にこの家に住んでいたのはエナエだけだった。祖母の死に最も心を痛めているのは、おそらくエナエだろう。

しかしこの一週間、エナエは、家に過度の迷惑をかけない限り、叔母や叔父、叔母、従兄弟たちがしたいことを何でもさせていた。叔母イラドが料理人のメニューを変えたときも、エナエは黙っていたし、同じ叔母が、料理人に資金が足りない変更は無視するように言ったためにエナエに激怒したときも、エナエは黙っていた。葬儀週間のまさに最初の日に、どちらの寝室を使うかでいとこ二人が実際に殴り合いの喧嘩を始めたときも、エナエは何も言わなかったし、叔父の一人が叔母に「見てみろ、56歳にして家に座っておばあちゃんに媚びへつらっているじゃないか」と言うのを聞いたときも、エナエは黙っていた。叔父の一人が叔母に「父方の家族を見れば、驚くには当たらない」と答えるのを聞いても、エナエは黙っていた。シーが通り過ぎた時、いとこの一人がこっそりと彼のポケットに小さな銀の皿を滑り込ませ、もう一人のいとこがもしこの家を相続できたら、何かを変えると大声で宣言した。その間もシーは食事が時間通りに運ばれ、家がきちんと整頓されているか確認していた。長年おばあちゃんと一緒に暮らしてきた中で、それが秘訣だった。落ち着いて、静かに、物事をスムーズに進めること。

おばあちゃんはエナエに、自分が残された唯一の相続人だと何度も言っていた。だが同時に、エナエは恥ずべき存在、失敗者だとも何度も言っていた。おばあちゃんの時代からアストゥール家がどれだけ没落したか――孫やひ孫、甥や姪、身分の低い兄弟姉妹たちが、遺言で何かを残してくれるかもしれないという絶望的な望みを抱き、おばあちゃんの好意を得ようと卑屈になっているのを見てみろ――彼らがどれほど哀れな存在だったとしても、エナエはもっと哀れだった。60歳近くになって仕事もなく、友人も恋人も結婚相手も子供もいない。彼女は人生で何をしてきたというのか?何も。エナエは平静を装い、友人がいたとしても、おばあちゃんにふさわしくなかったとは言わなかった。家から出ていくようなことをしたいという兆候を見せたとしても、おばあちゃんはそれを禁じたのだ。

落ち着いて、静かにして、物事をスムーズに進めてください。

火葬場で、おばあちゃんの遺体が炎の中へ滑り込み、葬儀司祭が告別聖歌を歌った。イラドおばさんと三人の従兄弟が前に出て、司祭の務めに感謝し、今後、聖なる故人のために祈るためにお金を寄付したいと申し出た。エナエは、皆がまたもや自分の方をちらりと見ているのを感じた。まるで自分が一族の長、喪主、そして古代アストゥール家の今や女家長(あるいは家長、あるいは家長)であるかのように振る舞うエナエの反応を見ようと。

「それで」とイラド叔母は、葬儀屋の司祭との大声で明らかな相談を終えると、「牡丹の間にコーヒーとサンドイッチを用意するように頼んでおきました」と言い、誰かがついてきているかどうかも見ずに家へと戻っていった。

家に戻ると、牡丹の部屋にはコーヒーとサンドイッチがなかった。イラドおばさんはすぐにエナエの方を向いたが、エナエはまるで自分には関係ないかのように肩をすくめた。もはや関係ない。厳密に言えば、おばあちゃんの遺言は彼女が炎の中に身を投じた瞬間に効力を発していたはずだったが、家中に命令する習慣はなかなか消えなかった。彼女は素早く瞬きをし、キッチンに問いかけた。

返事はなかった。すると、召使いの格好をした、エナエが一度も会ったことのない人物が牡丹の間に入ってきて、冷淡に皆に、実は青い居間に飲み物が用意されていて、皆でそこに集まるようにと告げ、イラドおばさんの抗議を無視して背を向けて立ち去った。

ブルー・シッティング・ルームでは、ダマスク織のアームチェアにまた一人、全く見知らぬ女性が座り、コーヒーを飲んでいた。痩せ型で色白の女性で、入ってくる人全員に微笑みかけ、立ち止まってじっと見つめた。「おはようございます。心よりお悔やみ申し上げます。」

「あなたはいったい誰なの?」とイラドおばさんは憤慨して尋ねた。

「ほんの数分前まで、私はゼミル・イゴエトでした」と、女性は貝殻を象嵌したサイドテーブルにコーヒーを置きながら言った。「しかし、聖なる故人が昇天された時、私はゼミル・アストゥールになりました」沈黙。「私は物事を長引かせることは信じていません。単刀直入に言います。あなた方は誰も何も相続していません。相続するものなど何もありませんでした。私はこの全てを所有していました」――彼女は周囲を指さし、青い居間、そしておそらく家全体を見渡した――「何年もの間です」

「そんなはずはないわ」とイラドおばさんは言った。「何かの冗談?」

おばあちゃんならきっと冗談だと思っただろう、とエナエは思った。今、みんなの顔色を想像すると、死にゆく間際でさえ心の中で笑っていたに違いない。おばあちゃんが亡くなって以来、何もかもが遠くて奇妙に感じられたのに、今はエナエは自分が本当にここにいないような気がした。自分があまり興味のない芝居か娯楽を見ているような気がした。

「15年前」とゼミル・イゴエト――いや、ゼミル・アストゥール――は言った。「聖なる故人は完全に破産していました。同時に、私には潤沢な資金がありましたが、古家だけに許された影響力を何らかの方法で手に入れたいと考えていました。そこで彼女と私は合意に達し、法的拘束力のあるものにしました。言うまでもありませんが、正式な証人の前でです。私は彼女の所有物をすべて買い取ることにしたのです。その金額は、彼女が余生を豊かに送れるだけの十分な額であり、かつて所有していたすべての財産を彼女に使用させることになりました。その見返りとして、彼女が聖なる死者の領域に昇天した暁には、私は彼女の娘となり、唯一の相続人となることにしたのです。」

沈黙。エナエは笑いたいのかどうかわからなかったが、おばあちゃんがここにいてくれたら、きっとこのひとときを心から楽しんだだろう。こうするのがおばあちゃんらしい。エナエが文句を言うはずがない。ゼミル・アストゥール女史が言ったように、彼女は何年もここで素晴らしい暮らしをしてきた。エナエが文句を言うはずがない。

「馬鹿げているわね」とイラド叔母は言い、エナエを見た。「これは聖なる故人の冗談の一つなの?それともあなたの冗談?」

「アストゥール様はこの件には一切関係ございません」とゼミルが口を挟んだ。「この瞬間まで全く知りませんでした。この件について知っていたのは、聖なる故人の法務官である私と、聖なる故人ご本人だけです。もちろん、関係する証人の方々は別ですが、確認のために彼らにお尋ねいただくことは自由です」

「だから私たちは何ももらえないのね」と、相続したら変更するつもりだと宣言していた従妹は言った。

「その通りだ」ゼミル・アストゥールはコーヒーを再び手に取りながら言った。一口飲んだ。「聖なる故人は、あなたたちが皆、利己的で強欲だと私が伝えたことを確かめたかったのです。そして、あなたたちが何も残されていないと知った時、彼女がここにいてあなたたちに会いたかったのです。ただ一つだけ例外を除いて。」

皆がエナエの方を振り返った。

ゼミルは続けた。「私はエナエ・アストゥール氏に、いくつかの条件と制限を付して扶助するつもりです。それについては後で彼と話し合うつもりです。」

「遺言書だ」と従兄弟が言​​った。「遺言書を見たい。関係書類も見たい。法務官に相談する」

「ぜひとも」とゼミルが言うと、エナエは伝言が届くのを待ちわびた。エナエは書類のリストを見た。書類、契約書、そして証人事務所の連絡先。「その間、召使いが荷造りを終えるまで、座ってサンドイッチでも食べてください」


しばらく時間がかかり、6人ほどの使用人(またしてもエナエはこれまで見たことのない人たち)が迫り来たりしたが、結局、叔母や叔父、叔父、従兄弟たちは家を出て、車寄せから荷物を取り上げ、訴訟を起こすと脅しながらどこかへ行ってしまいました。

エナエは青い居間に留まり、自分の部屋に行って自分の持ち物がまだそこにあるかどうか確認する気もなかった。彼女はダマスク織の肘掛け椅子に、どちらかというとリラックスした様子で座っていた。コーヒーが飲みたくて、サンドイッチも欲しかったが、椅子から立ち上がる気にはなれなかった。世界全体が非現実的で不確かなものに思え、もし動きすぎたらどうなるか分からなかった。ゼミルもまた、ダマスク織の椅子に座ったまま、コーヒーを飲みながら微笑んでいた。

しばらくして、家が静まり返った頃、おばあちゃんの法務官がやって来た。「ああ、アストゥール様。お悔やみ申し上げます。おばあ様をとても愛し、生涯をかけてお祖母様の世話をされてきたと存じます。今は少し時間を取って、ご自身の悲しみに浸っていただくべきです」。彼はエナエの向かいの肘掛け椅子に座るゼミルにはっきりとそう言ったわけではなかったが、その言葉は彼女に向けられているようだった。それから彼はゼミルの方を向き、挨拶するように頷いた。「アストゥール様」

「私は十分承知しています」とゼミルはかすかな笑みを浮かべて言った。「私はアストゥール氏を養う任務を負っていますし、そうするつもりです。」

「関係書類を読む時間をいただきたいのですが」とエナエはできるだけ丁寧に言い、怒って拒否する覚悟を決めた。

「もちろんです」と法学者は言った。「必要なら喜んでご一緒に確認させていただきます。」

エナエはなぜか途方に暮れながら、「ありがとう」と言った。「読めば分かるだろう」とゼミルは言った。「言った通り、私には君を養う義務がある。どのように養うかは、ある一定の範囲内で、私の自由だ。それが私たち二人にとって何を意味するのか、私は長年考えてきた」

「あなたの規定は遺言の要件を満たすでしょう」と法学者は鋭く言った。「私は確信しています」

「理解できない」エナエは突然、予期せずこみ上げてくる涙を抑えた。「どうしてこんなことになったのか、理解できない」そして、それがどう聞こえるかに気づき、「何も相続するとは思っていませんでした。おばあ様は…いつも、家と財産は誰にでも残すと言っていました」。私が死んだら、みんなが私の遺体の周りに集まるのを見てごらん、と彼女は嬉しそうに言った。生きている間は恩知らずで不誠実だったけれど、私から何かを得ようと思えば集まってくるのを見てごらん、と。そして彼女はエナエの手を軽く叩き、最後には小さく笑った。

「先ほども申し上げた通り」とゼミルは言った。「聖女様は破産の危機に瀕していました。収入は減り、生活を変えることを拒否されました。交渉には数年かかりました。ご存じの通り、ご先祖様は頑固な方でした。しかし最終的に、慣れ親しんだ生活を続けるには、他に選択肢がなかったのです。」

エナエは何を言えばいいのか分からなかった。この瞬間、シエは呼吸の仕方さえ分からなかった。

「名前が欲しかったんだ」とゼミルは言った。「私には富があり、ある程度の影響力もある。だが、少なくとも最古の家系から見れば、私は富と影響力に新参者なんだ。よそ者だ。先祖は何度もそう言って聞かせたが、もう違う。今、私はアストゥールだ。そして今、アストゥール家は再び裕福になった。」もう一人の見知らぬ召使いが、食べ物とコーヒーを片付けるために入ってきた。エナエは何も食べていなかった。彼女は胃袋が空っぽなのを感じていたが、サンドイッチを今食べる気にはなれなかった。食べたら食べられないと分かっていたからだ。おばあちゃんの法学者は召使いに手を振って呼び寄せ、耳元で何か呟いた。召使いは小さなサンドイッチを2つ皿に盛り、コーヒーを注いでエナエに渡し、残りを持って部屋を出て行った。

「召使たちは解雇したのか?」エナエは尋ねた。さりげなく好奇心を込めた口調で話そうと思ったが、口調は荒々しく、憤慨したものになってしまった。

「あなたはもうここの家政婦ではありません、アトゥールさん」とゼミルは答えた。

「今朝まではそうでした。もし人々が職を失うことになると知っていたら、彼らのためにできる限りのことをしたでしょう。彼らは長い間、私たちのために働いてくれたのですから。」

「私が冷酷だと思っているのか?」とゼミルは言った。「冷酷だ。だが、私はただ率直なだけだ。召使は一人も解雇していない。仕事をきちんとこなす者は解雇しない。それで満足か?」

"はい。"

「君に誤解や不安を与えるようなことはしない」とゼミルは続けた。「言った通り、この取引で私が欲しかったのはアストゥールの名だ。他の旧家は私の正統性を認めるのに抵抗を感じるだろうし、君が真のアストゥールの例としてここにいるなら、それはさらに難しくなるだろう。君は長年祖母を忠実に世話し、正当に継承すべきだった。私が偽って名を買ったのとは対照的だ。だが、私には君を支える義務もある。君に悪意はなく、君を養うことに異論はない。ただ、君を去ってもらう必要がある。だから、君に仕事を見つけたのだ。」

「アストゥールさん…」法学者は非難するように話し始めた。

ゼミルは先手を打って手を挙げた。「喪の期間が終わるまで、あと一ヶ月はここにいてください。その後、外交局に配属されます。仕事は既に決まっています。きっと気に入っていただけると思いますよ。」

「お小遣いだけ残しておいて」とエナエは言った。「出て行けるわ」

「そうしますか?」とゼミルは尋ねた。「どこへ行くのですか?」

「それを理解するには1か月かかります」と彼女は答えたが、過去5分間に誰が言ったのか理解できなかったし、彼女自身が何を言っているのかさえわからなかった。

「外交局におけるあなたの役職についてお話ししましょう。あなたは特別捜査官に任命され、ある事件を担当することになりました。これは外交上非常にデリケートな状況です。この件については、個別にご相談した方がよろしいでしょうか。」彼女は法学者に視線を向けた。

「どこにも行かないよ」と彼は決然と腕を組んで言った。

「あなたはアトゥール様の御用ではないでしょう」とゼミルは指摘した。「いいえ」と彼は認めた。「この件において、私は聖なる故人の利益を代表しています。ですから、故人のお孫様が適切に世話されるよう、私は万全を期します」

「もし彼女がここにいたら……」ゼミルは話し始めた。

「しかし、彼女はここにいません」と弁護士は言った。「私たちが持っているのは、彼女の表明した希望と、それに対するあなたの同意だけです。」

ゼミルは酸っぱいものをかじったような表情をした。「よし。エナエ、君の配属は……」

「アトゥールさん」とエナエは、自分の口からそんな言葉が出たとは信じられずに言った。

エナエが驚いたことに、ゼミルは微笑んだ。「アトゥール様。先ほども申し上げた通り、あなたにはデリケートな案件を任せております。数年前、ラドチャイ翻訳事務所が外交局に連絡し、逃亡者の追跡に協力してほしいと依頼してきました。」

ラドチャイ!ラドチは巨大な多星系帝国だった。サエニス政体では誰もすぐに脅威を感じることはないほど遠く離れていた――特に今はラドチャイが内部抗争に巻き込まれている。しかし、ラドチャイは教養の高い人々が学ぶことを選ぶ言語の一つであるほど近く、強力だった。翻訳局はラドチャイの外交機関だった。エナエは書類が届くのを待ちわびていた。「詳細を送りました」とゼミルは言った。

エナエは瞬きしながらメッセージを開き、冒頭の概要を読んだ。「この事件は200年前に起こったんです!」

「ああ」ゼミルは同意した。「外交局は最初に要請を受けた際に調査官を任命したが、逃亡者はサエニス政治機構どころかこの星系のどこにもいないと判断した。それで、いろいろあってこの件は放置されたんだ」

「でも…200年間行方不明だった人をどうやって探せばいいんですか?」

ゼミルは肩をすくめた。「全く見当もつかない。だが、おそらく旅費と、給料に加えて日当が付くだろう。既存の手当に加えてだ。これは今後も支給される予定だ。実際、聖なる故人は手当に関しては非常にケチだったから、増額するつもりだ。」彼女は法学者の方を向いた。「それでよろしいか?」法学者は曖昧な声を上げたので、ゼミルはエナエの方を向いた。「正直なところ、君がこの人物を見つけようが見つけまいが、誰も気にしていない。君が何かを見つけることを期待しているわけでもない。君は旅費をもらっているんだ。気が向いたら古いパズルでも解くかもしれない。ここを出て行きたいと思ったことはなかったか?」

彼女はずっとここを離れたいと思っていた。

彼女は何も考えられなかった。今は無理だ。「おばあちゃんを亡くしたばかりなの」と彼女は言った。どこからか涙が再びあふれてきた。「ひどいショックを受けたの。自分の部屋に行くわ。もし…」彼女はゼミルの目をまっすぐに見つめた。「もしまだ私の部屋だったら?」

「もちろんだ」とゼミルは言った。

エナエは、こんなに簡単に従ってくれるとは思っていなかった。おばあちゃんは、こんな風に偉そうに振る舞う自分を決して許さないだろう。でも、他にどうすればいいのだろう?おばあちゃんはもうここにはいない。彼女は瞬きをして、息を吸った。もう一度。「もしよかったら、お昼とコーヒーを持ってきてください。」馬鹿げている。彼女はまだ召使いから渡されたサンドイッチを握っていたが、それを食べるなんて想像もできなかった。このサンドイッチは、ここでも、今でもない。「夕食も部屋で食べましょう。」

「あなたがここにいる限り、彼らはあなたが望むどんなことでも喜んでお手伝いします」とゼミルは言った。

エナエは立ち上がり、手つかずの食べ物をサイドボードに戻した。そして振り返って裁判官に頷いた。「ありがとう。私は……ありがとう。」

「何かあったら電話してね」と彼は言った。

彼女はゼミルの方を向いたが、何も言う言葉がなかったので、自分の部屋に逃げ込んだ。


アン・レッキー著『Translation State』より抜粋。ハチェット社の許可を得て転載。 

『Translation State』は現在予約受付中です。発売は2023年6月を予定しています。


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